満開
| コメント (2)
今日は「母の日」 お花屋さんは 混でいました。
赤いカーネーションを手に持った 歳の違う人々を
見ながら 私は「白い色を」選んだ。
いつもなら 誇らしげに 赤いカーネーションを買って
母にありがとうを言っていた。
母の好きな 半なまちらし と お菓子を買って 半分こ して
食べた。「おいしいね」を繰り返しながら 食べる 母を 当たり前の
ように見ていた。
今日も母の好きな食べ物を買って 白いカーネーションを飾った
とたん 母の姿が居ないのに気がついた。
母と一緒に食べられないことに気づき 思わず ぽろっと涙が出て
止まらず 大泣きしてしまった。
テレビ゛では 「のど自慢」で母を歌った 人が多く そのたびに 涙が
止まらない。
はじめての母のいない「母の日」 こんなにもさびしく 切ないことが
あるんだと 改めて感じた。![]()
| コメント (0)
| コメント (0)
今日はとても暖かく 庭の雪解けが進みました・・・とはいっても まだまだ。
雪の間に 土が 草が やっと顔を出しただけ。まだまだ 溶けるのは日にちが
かかりますね。
待ちきれなくて 溶けた池の上のシートの中をのぞくと・・・
太ったボス(親分が)すーーと 出てきた!!!
生きてた!!! ご対面
毎年 「ひでき かんげき」で ひとりで大騒ぎしている わ・た・し・です。
そしてそして 玄関脇の石の間から なんと クロッカスが三本!!!
「お・は・よ・う クロッカスさん」 かわいい なるべく長く咲いてね。
| コメント (0)
最近 お墓の墓誌に書く十字架の位置を 決める書類が送られてきました。
また 納骨の日取りや 書類等 費用など 用意するもの そして 考えて
決める事 手続きなど 本当に沢山あります。
喪主は ぼけてなんか いられません!!!!。
葬儀が終わり やっと母は家に帰って来ました。
でも 納骨の時期がきても お墓は雪深く 溶けるまで 待たなくてはなりません。
生きていたとき 「十日もしたら お墓に入れていいよ」といっていたのを思い
出した。「だったら 雪解けまで待てばいいのに」なんて思ってはみたものの
やはり 家に帰りたかったのでしょうね。
だから お骨になって家で待って いるような気がします。
私のこれからの事も心配していたので 見守りたかったのかなと 勝手に
想像しています。
亡き父の存在も大きかったけれど 母の存在感も大きかったと
今更ながら感じています。
夕焼けになると 涙がでます。 母に会いたいな~って・・・(ρ_;)
病院で見た夕焼けは 言葉では表せないほど 強烈にうつくしかった。
| コメント (2)
やっと周りの積もった雪が 溶け始めましたが また 寒くなり雪が降るという
お彼岸の後の 三寒四温にはまだ遠く感じられます。
亡き母の好きだった大相撲も終わり 今は甲子園野球 テーブルに肘をついて
ずっと見ていた母を思い出します。
特に 八回~九回の白熱したがんばりを 声を出してどの高校でも 応援して
いました。 今年はどの高校が 勝のでしょうね。
決勝を一緒に応援したいな~と 思ってしまいます。
親父さんのような生徒 のっぽの頼りがいのある生徒
それぞれが 力強く さわやかさが感じる高校野球 母との思いで です。
| コメント (0)
皆様こんにちは
ご無沙汰してるうちに ホームページにトラブルがあり
アドレスが変わりましたので お手数ですが 書き換え
お願いいたします。アドレスは下の通りです。
http://homepage3.nifty.com/camekichi/prishe/index.html
まだまだ寒いですね。
本州では梅が咲き 花々が咲き始めましたが 北国は雪が沢山積もり
気温の低い日が続いています。体調管理が 難しいです。
体が「ボキボキ」言っていますよ。
雪解けになると 土埃り? 年中 マスクが活躍しています(・∀・)イイ!
| コメント (2)
節分のピーナツを「鬼は~外 福は~内」 立春を迎えたのに ずいぶん寒さが続きますね。
歳と豆の数を気にせず ボリボリと・・・いくつ食べたか解らない。
そういえば 母がいた頃 台所の窓をあけて 「鬼は外したんだよ」と。
私は二階からからトイレまで開けて 鬼を追い出し 福を入れて フウフウ言いながら
降りてきたのに 涼しい顔で 升のピーナツを食べていたのを 思い出した。
歳の数なんか関係なく 食べている次の日の元気のいいこと ・・・うらやましい。
そんな母だったな~と ふと 見ると 遺影はいつも笑っている。
あんたに 負けていられない 挑戦的な 顔に見えた。
| コメント (0)
庭の花が一杯咲いている頃 逝きたいと話していた母が 一月上旬
突然 神様の許に召されてしまいました。
七草がゆを作り 食べてもらった時 喉が時々苦しそうで ヒュウヒュウと
胸から音が聞こえてきた。
「気をつけてかえりなさいね。ころばないように 又きてよ。」いつものように
手をにぎり 寂しそうな笑顔で バイバイと 私に元気づけるように・・・。
看護師さんに 母の状態を話して 帰った。
その夜 病院から電話で 行ったときはすでに 酸素吸入と 点滴 あまりの急激な
変化に声が出なかった。
次の日正午 前 神様に手を引かれ天国のふるさとに 召されていってしまいました。
静かな最後でした。痛かった腰も足も 治って楽になったでしょう。
その日から気温は低くても お天気続きで 母はやっと 家に帰りました。
祭壇の周りはお花で一杯 好きだったお花に囲まれて どんなにか
うれしかったでしょう。 そしてその時に着ると決めていた 和服を着て
お化粧もし とてもきれいでした。 若返った 母の姿で眠っていました
遺影も笑った写真を「これにしてね」と 前から決めていました。
自分の体の調子をみて いろいろ 考えていたのでしょう。
それだけ 苦しかったのだと 思うと 私の配慮が足りなかったのだと。
これからが冬の最中 納骨は雪解けを待って 少し暖かくなる五月。
早く父さんのお墓に入れてと言っていたのに・・・。
何もかも覆い尽くした 真っ白な世界 母は 世の中のことが 白で覆われた
美しい時に 逝きたかったのかな。
いつもいろいろな事件で人が亡くなるのを 気にしていたから・・・。
時々思う。 いつものようにこれから病院にいったら 母さんに会えるかな
話ができるかな・・・と。
ぽっかり空いた時間 。まだまだ手続きはあるけれど 整理もあるけれど。
もう一度 母に名前を呼んでもらいたいな~と。
| コメント (2)
最近のコメント